福岡高等裁判所 昭和25年(ネ)33号 判決 1950年9月11日
控訴人 被告 飯塚市議会 代表者議長 阿部兵四郎
訴訟代理人 鈴木[金圭]太郎 外二名
被控訴人 原告 吉橋岩夫
訴訟代理人 松井佐
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、
第一、まず訴の却下を求める。本訴は左記事由により訴訟の適格を欠く不適法の訴であり却下せらるべきものである。すなわち
(イ)地方議会は一般的には権利義務の主体たることなく、法律に定のある場合においてのみその法律の定める範囲の権利を有し義務を負うものでいわゆる制限能力者である。従つて地方議会は法律に定のある場合に定められた形式においてのみ、訴訟の当事者となることを得るものであるが、本件の如く地方議会がその議員に懲罰を科する議決をなした場合、該議員がその地方議会を相手としてその取消を訴求し得る法律上の規定はない。故に本訴は当事者能力を有しない地方議会たる控訴人を被告として提起されたもので、不適法として却下せらるべきである。
(ロ)行政訴訟は原告の有する公法上の権利の行使又は妨害排除を目的とするものでその公法上の権利は常に具体的なものでなければならない。地方議会の議決した決議の効力を抽象的に争うことは法律に特別の規定がある場合の外一般行政訴訟としては認められない。然るに被控訴人の本訴請求は飯塚市議会のなした懲罰決議の効力を抽象的に争うものであつて、請求その自体が不適法として却下せらるべきものである。
(ハ)本件懲罰の議決が正当になされたものであることは後に述べる通りであるが、仮りに右懲罰の議決が違法無効のものであつたとしてもこれが取消を求めるには法律に定められた者においてのみ法律に定められた方式によりなされなければならない。地方自治法はその第百七十六条第四項において「地方議会の議決がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付しなければならない」ことを規定し、同条第五項においては、「再議による議決がなおその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、地方公共団体の長は議会を被告として裁判所に出訴することができる」旨を規定しているが同法及びその他の法令によるも他に懲罰を受けたる議員が直接議会を被告として議決の取消又は無効確認を求め得る旨を規定したものはない。従つて本件の場合においては単り飯塚市長においてのみこれを再議に付し、更に控訴人を被告として出訴し得るに止まり被控訴人において直接かかる請求をなし得るものではない。故に被控訴人が飯塚市長を被告として右地方自治法第百七十六条の規定による再議又は出訴の手続をなすべきことを請求するならば格別、直接控訴人を被告として議決の取消を訴求する本訴は不適法たるを免れない。
第二、次に請求の棄却を求める。本件懲罰議決に至つた事実を概観するに、被控訴人はその所属する共産党の戦術として税金不納煽動宣伝闘争を展開せんとし、これがため市会議員の市民税額を調査してその資料となさんことを企て昭和二十四年七月二十七日頃市税務課員に対し、自己が市議会議員たる資格に基き且つ絶対に公表しないと確約して同課員を信用させ、市議会議員の昭和二十三年度市民税額を通報させた上、これを右誓約に反して他の共産党員と通謀し何等正当の根拠なきにかかわらず「大脱税か?」と題し、岡議員外数名の昭和二十三年度市民税額を発表し、同人等が市議会議員としての地位を悪用し市当局と通じて市民税の大脱税をなし市議会及び市当局に不正腐敗の事実がある旨の記事を記載したアカハタ壁新聞を飯塚全市に貼付掲載せしめたのである。而して被控訴人は右の記事掲載が自己の漏洩に基き他の共産党員と通謀してなしたものであるにかかわらず昭和二十四年八月九日の市議会会議において、その事実を認めるが如く或は認めざるが如き発言をなしてその態度を曖昧にし更に進んで「その税額を公表された市会議員に疚しい行為がなかつたならば被控訴人が調査したことを問題にする必要はないではないか、これを問題にすること自体が可怪しいと思う」旨発言して岡議員等に逆襲し、よつて前記壁新聞の記事と相侯つて同議員等に脱税行為ありと暗示したものであつて右は正に議員の私生活にわたる侮辱的無礼な言語であつて而もこれは共産党の企図する不法な反税闘争の一環として展開されたものであることは明らかである。これは同日の会議において被控訴人が「全部今までの議会内にあつたことを市民にあらゆる大会において暴露する」旨、恰も議会に不正ある旨脅迫的な無礼な暴言を吐いたことと照応するも被控訴人の暴露戦術であることを窺知し得るのである。かように議会を税金不納煽動宣伝の舞台として利用し、且つ議会内で議会及び一部議員に侮辱的無礼な言動をすることは議会の公正な運営を阻害し議場の秩序を乱したものである。
(イ)従つて前項記載の被控訴人の市議会の会議場での発言は岡議員その他数名の市会議員の昭和二十三年度市民税につき脱税行為があつたと暗示せしめる侮辱的無礼な且つ他議員の私生活にわたる言論であり又市議会に不正があるから暴露するとの議会自体に対する脅迫的無礼な言論であるから地方自治法第百三十二条に違反し正に懲罰事犯であることは疑がないと信ずる。
(ロ)前記被控訴人が議場内で共産党の企図する不法な反税闘争の一環として市会議員多数に脱税行為があるとし、議会を税金不納煽動宣伝の舞台とした言動は明らかに議場の秩序を乱す行為であつて地方自治法第百二十九条第百三十一条飯塚市議会会議規則第三十九条に違反する懲罰事犯である。
(ハ)又被控訴人が市会議員たる資格において且つ絶対に公表しないとの誓約をしながらこれを裏切り他の共産党員と通謀して岡議員等が不正な大脱税をせる如く悪辣虚偽な宣伝を飯塚全市になしたために現実に与えた影響としては、飯塚全市民に如何にも市会議員が市当局と結托して市民税の大脱税をなし不正腐敗の事実があるかの如き疑惑を抱かしめて延いて一般市民の納税意欲を阻喪せしめその結果市の徴税成績を低下し市政運営上著しい障碍を来し且つ市議会及び議員を冐涜し甚しくその権威を失墜せしめたのである。これは市議会議員が市議会の会議場外でなした行為であるが事が市議会議員たる資格においてなされ市当局との誓約を裏切り市議会と議員の権威と品位を汚す無礼な且つ一部議員の私生活にわたる言動というべく、これは明らかに地方自治法第百三十二条に違反し懲罰事犯である。
(ニ)地方自治法第百三十二条には「議会においては」とあるのみで同法第百二十九条、第百三十条、第百三十一条、第百三十三条の「議会の会議中」「議場の秩序」「会議の妨害」「議会の会議又は委員会」等の場所的な制限がない。従つて同法第百三十二条の「議会においては」とは、議会の組織的、場所的、事項的な全範囲に関して議会及び議員の権威と品位を保持するため議会及び議員たる立場に関連しての言動に紀律を与えたものと解すべきである。従つて被控訴人が市議会議員たる資格に基いて市当局から公表しないとの誓約の下に知得した市議会議員の市民税額を、市議会及び議員並びに市当局間に不正な結托をして大脱税をしているように全市にわたり悪辣虚偽な宣伝をして市議会及び市政の公正な運営を故意に妨害する言動は明らかに地方自治法第百三十二条に違反する懲罰事犯である。
第三、結論として被控訴人の主張は、理論的には幾多の疑問を包蔵するのみでなく、実際的に与えた影響の重大なことを考え合せると、事は一個人の問題ではなく、共産党の計画的な反税闘争であり、人心惑乱、自治秩序の破壊に魔手を伸ばす行為であつてその性質は除名にも当るもので、社会的延いては国家的に憂慮すべき重要問題を含んでいると考えられるのであつて、原判決は明らかに正鵠な判断を誤つている。よつて速かにこれを取消して、訴の却下又は請求棄却の判決を求める次第であると述べ、乙第二号証の一乃至六第三、第四号証の各一、二第五乃至第八号証を提出し、証人鹿毛倉次、福間昌、岡芳太郎、田中勧市、渡辺任の各証言を援用し、被控訴代理人において乙第二号証の一乃至六第三号証の一、二第八号証の各成立を認め、第四号証の一、二は新聞紙であることのみを認めその内容は不知、第五乃至第七号証は不知と述べ、第八号証を利益に援用した外は、いずれも原判決書当該摘示とあるからここにこれを引用する。
理由
まず、控訴人の本案前の抗弁について判断すると、普通地方公共団体の議会は原則として当該地方公共団体の意思を決定する議事機関であり、執行機関ではないから通常の場合においては行政庁に該当しないけれども、行政事件訴訟特例法にいう行政訴訟の当事者としての行政庁とは、国及び地方公共団体の行政機関のみならずいやしくも法令の規定により外部に対し公法上の権利義務に法律効果を及ぼす行為をする権限を認められている機関はすべてこれに当るものと解すべく従つて右行為はこれを行政処分と解するを相当とすべきところ、地方自治法第百三十四条によれば普通地方公共団体の議会は懲罰事犯に該当する議員に対し議決により懲罰を科することができることを定められており、議会がこれに基き当該議員に対し懲罰議決をするときは、これによつて直接その議員の公法上の権利に法律効果を及ぼすべきことは勿論であるから、かかる関係において議会は行政庁であり、その懲罰議決は行政処分であると解すべきであるから本訴を目して不適法であるという控訴人の第一の(イ)及(ハ)の主張はいずれもこれを採用し難く又本件訴旨は、控訴人が昭和二十四年八月九日に被控訴人に対してなした十六カ月間出席を停止する旨の議決の取消を求めていることは請求の趣旨及び原因に徴し極めて明白であり、換言すれば、被控訴人は右議決に控訴議会の議員でありながら十六カ月間議員として議会に出席し議事に参与する権利を奪われることとなるため、これが排除を具体的に求めているのであるから、本訴を目して右懲罰議決を抽象的に争うものとし請求それ自体不適法であるという控訴人の第一の(ロ)の主張も亦これを採用することを得ない。されば叙上説明のとおり本訴は控訴人主張の如く不適法ではないから控訴人の右抗弁は失当というべきである。
次に本案について判断すると、被控訴人が控訴議会の議員であること、控訴議会が被控訴人において昭和二十三年度における有力市会議員の市民税額を共産党員に漏泄し以つて市政を破壊し地方自治法の真精神を蹂躙したものとして昭和二十四年八月九日に被控訴人に対し十六カ月間出席停止の懲罰議決をしたことは当事者間に争がない。
そこで右懲罰議決のなされるに至るまでの一応の経過について審案すると、成立に争のない甲第二号証乙第二号証の一乃至六同第三号証の一、二同第八号証、新聞紙であることについて争のない乙第四号証の一、二及び原審証人大貝宝、入江清一(一部)当審証人鹿毛倉次、福間昌、岡芳太郎、田中勧市、渡辺任の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、
『昭和二十四年七月頃日本共産党嘉穗地区においては同党の税金闘争運動の一環として飯塚市の昭和二十三年度市民税額が不均衡で特に同市会議員に対する市民税の賦課は一般市民のそれに比較して不当に低額の疑ありとし捜査班においてこれが実体調査に乗出し同地区委員入江清一においてその頃屡々同市役所税務課に行き同年度の市民税額表の閲覧を求めていたがその都度拒絶されていた折柄、同月二十七日頃同党員で同市会議員である被控訴人は右嘉穗地区の党員数名と共に税務課に行き市会議員の同年度における市民税額の関係書類の閲覧を求めたので、係員においては課税は公平にしているけれどもこれを公表すれば、ただにさえ普通一般の人は自分の税金は他人よりも高いように考え勝ちであるから一層その気持を刺戟し延いては徴税にも重大な影響を及ぼすことになるから左様な書類を見せることは困る」といつてこれを拒絶したところ、被控訴人は君達が見せなければなお更疑惑を持たれはせぬか、市会議員たる被控訴人にだけは是非知らせてくれと強く要求して止まなかつたが、その日は係員において上司に諮らねば一存では応じ難いといつて飽くまで拒絶したため、引き上げ翌日再び被控訴人等が来たので、係員においては予め上司に相談の上被控訴人に対し「絶対に一般には公表しない」という確約の下に市会議員の分だけの市民税額を書き写してこれを被控訴人に手渡した。ところが被控訴人は右の確約に背き而も後記の如き壁新聞が同市内の各所に掲載貼付されるに至るべきことを知りながら右税額を嘉穗地区共産党員に洩らしたため、同地区捜査班の手によつて昭和二十四年八月八日頃同市会議員岡芳太郎外四名の昭和二十三年度における市民税額を列記し且つその横に「市会議員の有力者に対しては市が税額を手加減して不公平な課税をしている」というような趣旨の文言を附記し以つて一般市民税額に比較して不当に低額であり、市民税の賦課が全くでたらめであつて市民税の賦課徴収について市当局に不正の事実がある如き疑惑を抱かしめるに足る内容の各種各様の疊一枚大位の壁新聞が同市内の各所に掲載貼付せられるに至つた。これがため同市民一般に対し、市当局のやることは全くでたらめで如何にも市会議員が市当局と結托して市民税の大脱税をしている事実があるかの如き疑惑を抱かしめ、延いて一般市民の納税意欲を阻害する悪影響を与えたものと思料されたので、市当局においては直ちに被控訴人に対し違約を責め即刻右壁新聞の撤去方を求めたるも被控訴人は「公表するなといつても公表すれば仕方がない、自分には今更どうすることもできない」といつてこれに協力しなかつたので、早速右の疑惑を一掃すべく同市監査委員平野久利の監査を経て前記五名の市会議員に対する市民税の課税について不正のないことの確認を得た上その旨の声明書を発しこれを市内の要所に貼出して右五名に対する昭和二十三年度市民税の課税内容を公表すると共に市内四カ所において会合を催して市会議員の市民税課税については絶対に壁新聞記載の如き不正のないことを説明し更に市会議員全員の市民税額を公表する等市民の誤解を解くため種々その善後策を講じたのであつた。そこで同月九日の同市議会の臨時会において右壁新聞掲載貼付のことが問題とされるに至つたが被控訴人は右壁新聞の記事が前記の如く自己の漏洩に基くものであるにかかわらず、その事実を認めざるが如く或は認めるが如き発言をなしその態度を曖昧にして何等反省の色なく更に進んで、「その税額を公表された市会議員に疚しい行為がなければ調査したことを問題にする必要はない、これを問題にすること自体がおかしいと思う」旨発言し、更に岡議員の発議により被控訴人に対する懲罰動議が成立するや、被控訴人は「左様なことをするならば全部今までの議会内にあつたことを市民にあらゆる大会において暴露する」旨恰も議会に不正があつたかの如き脅迫的な暴言を吐いたので多数議員の感情を刺戟しその憤激を買い遂に前記の如き被控訴人に対する十六カ月間出席停止の懲罰議決の成立を見るに至つた。』
という事実を認めることができる。右認定に反する原審証人入江清一の供述の一部は信用し難くその他に右認定を左右するに足る証拠はない。
よつて控訴議会のなした被控訴人に対する右懲罰議決が違法であるか否かの点について検討するに、
(一)右懲罰議決が被控訴人において昭和二十三年度における有力市会議員の市民税額を共産党員に漏泄して前記の如き壁新聞の掲載貼付を見るに至らしめた行為をその対象としていることは前示のとおりであるから控訴人が当審において昭和二十四年八月九日の控訴議会の会議における被控訴人の前掲記の如き不当な言辞を捉えてこれを被控訴人の右懲罰の対象たる行為と結び付けて被控訴人の行為は地方自治法第百三十二条に(第二の(イ)、(ハ)、(ニ))、同法第百二十九条第百三十一条控訴議会会議規則第三十九条に(第二の(ロ))各違反する懲罰事犯に該当し控訴人のなした懲罰議決は正当である旨主張するのは失当であるといわなければならない。
(二)被控訴人は議会の懲罰権は議場内における議員の非行についてのみ発動せらるべきものであつて、議場外における議員の非行についてはその権限は及ばない又被控訴人の行為は議会の体面を汚し或は議会の円滑な運営を阻害するものではないと主張する。
思うに被控訴人の前記懲罰の対象となつた行為が議場外でなされたものであることは前示のとおりであるが議会の懲罰権が議場内の又はこれと同視すべき場所でなされた行為に限定せらるべきであるかは問題である。地方自治法の規定に国会に関する憲法及び国会法の規定を参酌して考察するに、議会に懲罰権を与えた目的は(イ)議場における言論を公正に且つ秩序あらしめる。すなわち議事の円滑な運営を期することと、(ロ)議員の言動が議会の品位及び権位を汚すことなきを期するにあると解すべきであるが、通常の場合(ロ)の事犯は(イ)の違反行為の結果としてあらわれるものであつて換言すればイ)の違反行為が(ロ)の事犯に達する場合に懲罰の対象となるのであつて懲罰権の第一義的目的が議事の円滑な運営にあることは否み難きところであるから懲罰権の限界として被控訴人主張の如き見解の存することは一応もつともである。然し(ロ)の事項を(イ)の附隨的なものとのみ見るのは狹きに過ぎる。寧ろ懲罰の窮局の目的は(ロ)の保持にあるのであるから今一段の検討を要する。そこで議会内における言動と無関係なすなわち議会外における議員の言動が議会の品位、権威を失墜すると思われる事例としては、(1) 議員の職務外の個人的非行、(2) 議員がその職務を行うにあたつて例えば収賄等の非行があつた場合、(3) 議員が議会自体の名誉を傷けるような直接的の言動を行つた場合が考えられる。広い意味では右いずれの場合にも議会の品位、権威を傷けるものということができるけれども(1) (2) の場合は議員個人の非行であつて議会自体の被害は間接的である。従つてかゝる議員に対する処置は選挙民の心に委すべきであつて議会が懲罰をもつて臨むのは行過ぎである。然るに(3) の場合は議員が議会自体を非謗してその品位権威を傷けるものであるから議会の住民に対する権威信任を守るために議会の有する自律的権能をもつて懲罰事犯となし得るものと解するのが相当である。
然らば被控訴人の行為が(3) の場合に当るか否かというに、被控訴人は前記認定の如く市会議員の地位を利用して知り得た市会議員の市民税額を誓約に背いて共産党員をして公表せしめ共産党の税金闘争の一環としてこれを悪辣虚偽な宣伝の具に供せしめたのであつて、その結果としてその事実なきに拘らず市会議員が市当局と結托してその市民税の大脱税をしている事実があるかの如き疑惑を一般市民に抱かしめ市当局に対する不信と納税意欲を阻害する悪影響を与え以つて市政運営上著しい障害を生ぜしめ引いては当該議員等を冐涜したに止まらず、市議会全体に対する市民の疑惑を起さしめ議会の品位を傷けその権威を失墜せしめたものといわなければならない。従つて被控訴人の叙上行為は前示(3) の場合に当り正に懲罰事犯に該当するものと認めるのが相当である。尤も成立に争のない甲第三号証によれば控訴議会の会議規則には懲罰事由について別段の規定はないけれども該事実のみを以つては未だ右認定を妨ぐるには足らない。
(三)然しながら右の如く被控訴人の行為が懲罰事犯に該当するからといつて、控訴人のなした十六か月間の出席停止の懲罰議決が適法であるかについてはなお検討を要する。
議会が懲罰事犯に対しいかなる程度の罰を課するかは議会の自律権に基く裁量行為ではあるけれども、事は公益的乃至政策的考慮に基くものでなく、特定議員の公法上の権利の得喪に関するものであるから法秩序の内自ら法的限界があるものである。地方議会に関しては法規上出席停止につき期間の定めがなく正に会議規則中にその定めをなすべき事項であるが、地方議会にも地方自治法第百十九条において会期不継続の原則が定められておるからこの原則の根本精神(後の会期は前の会期と同一の議員より成つておつても会期異るごとに別の意思をもち得べきものとみなさるゝこと)に鑑み出席停止の期間はその会期と睨み合わせて決すべきである。(国会においては常会の会期は百五十日間であるにかかわらず各議院規則で登院停止の最長期は三十日になつている。衆議院規則及び参議院規則各第二百四十二条参照。)従つて次の会期にわたり出席停止の懲罰議決をなすことは期間の裁量につき法律上の限界を越えた違法があるものというべきである。
されば本件懲罰議決の取消を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決はその理由によれば不当であるが結果において正当であるから本件控訴は理由なきものとして棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条第二項第九十五条第八十九条を適用して主文のように判決する。
(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 桑原国朝 裁判官 森田直記)